タクシードライバーのみなさんのクチコミ

タクシーに手を挙げて大人になれた

私が住んでいるのは、何十年も前に地元の不動産会社が開発した、ミニミニ開発による宅地です。現在、この宅地内に引き込まれた道路に面するお宅は、11軒あります。2世帯住宅はありませんので、11件11世帯が幅員4メートル延長40メートルほどの道路に玄関を向けて、暮らしているわけです。

立地は東京の下町ですが、いうなれば地方の村落に近い感じで、どの家の誰がどんな仕事をしているかをみんな知った上で、生活をしています。暮らしぶりもなんとなく分かっています。

そして、この東京村落の特徴として、11世帯の中、実に8世帯がタクシー関連の仕事で、生活していることが挙げられます。ただ、一口にタクシー関連といっても、仕事内容はそれぞれ異なり、個人タクシーの運転手さんもいれば、タクシー会社にドライバーとして勤めている方もいます。

また、ドライバーとしてではなく、役員として観光バスとタクシーを運行する会社の経営に携わっている方なども住んでいらっしゃいますので、さながらタクシー業界の縮図を見る思いすらします。

そんな中で、私自身はタクシー関連の職業には就いていませんが、家を出ればタクシー関係者ばかりという環境は、自ずとタクシーに対する関心を向けさせてくれます。また、タクシー業界の裏話的な会話も耳にする機会が多いのも事実です。

そうしたこともあって、私のタクシーに対する感じ方は、他の一般的なタクシー利用者とはやや異なるかもしれません。そんな私のタクシーに対する思いを、聞いていただければ、幸いです。

物心ついた頃から、周囲をタクシー関係者に囲まれて育ったわけですが、だからといって特にタクシーが生活に深く根ざしていたわけではありませんでした。幼友達のオヤジさんはみんなタクシードライバーでしたが、だからといってタクシーを話題にすることはほとんどありませんでした。

多少、子供の頃の遊びにタクシーが絡んだとすれば、自動車の玩具にタクシーが多かったかなといったくらいのことで、タクシーの売り上げが玩具を買うお金に化けているんだとまでは考えませんでした。

何が言いたいかと言いますと、タクシー村に育ったからといって、タクシーを当たり前のもの、普通なものとはまったく考えていなかったということです。

それどころか、子どもの頃の私にとって、タクシーは特別な乗り物でした。街でタクシーを拾うということは、大変なことだと思っていました。もちろん、子どもの私が手を挙げるにしろ、実際には背後にいる親が拾うわけですが、それでも道路でタクシーに向かって手を挙げるということは、大変なことだといつも思っていたのです。

大袈裟に言えば、一種の晴れがましい、儀式ですらあったように感じていました。つまり、道路で手を挙げることは普段、普通には絶対にしない行為、親と一緒であるにしろよほど特別なことがなければしないこと、そういう風にとらえていたわけです。

そうした経験をしていると後年、社会人になってからタクシーを拾う際、いつもではありませんが何度かに一度くらいは子どもの頃のそうした出来事を、思い出したりするものです。

思うことはいろいろですが、一番多いのはやはり、自分も大人になったんだなということでした。

道路で手を挙げることが晴れがましく特別なことであった子供の頃の体験は、自分でタクシー料金を払うようになっても、心のどこかに残っているものです。

この思いが、タクシーは特別な乗り物だという風に、いくつになっても感じさせてくれるのだろうと思います。

私にとって、社会人になって大人の階段をはじめて昇った瞬間、それは道路で手を挙げて、タクシーを拾った時だったかもしれません。

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