タクシードライバーのみなさんのクチコミ

他業種への転職に当たっての会社選びには、その会社の看板、世間からどんな風に見られているのかを見極める必要がある気がします。

 自分がタクシードライバーに転出したのは38歳の時です。

田舎の本社から営業関係の仕事で大都市にあった支社に転勤して4年、通常の人事異動のルールではそろそろ田舎の本社に戻らなければいけない年数でした。事実懇意にさせていただいていた人事部の要職におられた高校の先輩からは、内々に打診がありました。

 普通の人でしたら田舎と言えども本社に戻れるのを喜ばなければいけないのですが、その時の自分にはそのことが喜べない事情があったのです。

それは妻のことでした。実は妻は精神的な疾患を抱えていたのです。元々母一人子一人の母子家庭で育った妻は家族というものに中々馴染めないでいたのです。結婚して数年は夫婦2人で暮らしましたが、農業を営んでいる両親を少しでもサポート出来ればとの思いで、妻と当時2人の男の子を連れて実家に戻りました。最初の内、妻は舅、姑とうまくやっていたのですが、長女が生まれた頃から子育てで意見が合わなくなり、関係がぎくしゃくして来ました。そして段々とうつ症状の精神疾患を患ってしまったのです。

 家を出るべきか悩んでいた時に、会社から都会にある支社への転勤の打診がありました。自分は渡りに舟とその転勤話に飛びつきました。とりあえずは両親を傷つける事無く、別居生活が送れるそう思ったのです。そして都会の支社に転勤が決まり、赴任してあっという間の4年が過ぎたのでした。

 そんな事情があり、素直に本社に戻れることが喜べない事情があったのです。さてどうするか、田舎に戻れば都会暮らしが性に合ったのか、精神疾患を克服した妻が再び疾患を患うことは目に見えています。その時は再び転勤という道はありません。自分は悩んだあげくに本社には戻らず、会社を退職して夫婦、3人の子供と共に都会で生活して行く道を選びました。

 それに当たってぶつかったのが、どんな仕事をして家族を養ったらいいのかということでした。営業職なので特別な技術を持ち合わせている訳でもなく、田舎出の営業職が都会の会社の営業職が務まるとも思えません。そんな時にふと頭に浮かんだのは、タクシードライバーという仕事でした。この仕事だったら運転免許証があれば出来る仕事で、短期間である程度の収入が得られる、その時はそう思いました。後でとんでもないと思い知らされるのですが、その時はとにかく家族の生活を何とかしなければとの思いが強く、そこまでの考えには及びませんでした。

 さて、タクシードライバーといっても数十社もあり、どこの会社に応募しようかと考えた末、転勤で来た当初たまたま乗車したタクシーのドライバーさんの印象が実に素晴らしかったタクシーがふと脳裏に浮かびました。

 よし、あそこに行ってみよう、早速新聞の求人欄からそのタクシー会社の求人広告を見つけ、電話しました。応募したい旨を告げたところ、自分の事情を考慮して下さり、3日後の面接の日取りが決まりました。

 面接当日、人事課長と人事担当係長の2人が面接した下さいました。そして色々な質問をされましたが、じっと係長と自分のやりとりを聞いていた人事課長が、「タクシードライバーを誰でも出来る仕事と思って来たのならお辞めなさい。あなたのキャリアではタクシードライバーは務まりません。タクシーには色々なお客様がご乗車されます。時には理不尽と思われるお客様もいらっしゃいます。そんな時は言葉が悪いですが馬鹿にならないといけない場合もあります。そんなことが貴方は出来ますか。」と。

 そう言われても、そうですかと引き下がるわけにはいきません。必死でお願いしたところ何とか採用していただき、今の会社の後始末をして都合がついたら連絡して来なさいということになりました。

 そして2週間目の月曜日から出社の運びとなりました。最初はまずタクシードライバーに必要な2種免許を取得しなければなりません。提携しているある自動車学校に約1週間の合宿で免許取得にあたります。合宿など高校以来でした。費用は会社負担、会社としては出来るだけ早く免許を取得してもらい、営業に出さないと経費がかさみます。その事は合宿前に言われていたので、自分も頑張りました。おかげで2種免許は一発合格でした。     

 合宿後は約2週間の机上研修です。タクシー営業のイロハを徹底的に教えていただきました。特に接遇に関してはうるさく言われました。「君たちがこれから運転するタクシーには会社の名前が載っています。つまり君達は看板を背負って走ることになります。君達の一挙手一投足は常に見られていると思って下さい。いいかげんなことをすれば、それが会社のイメージになります。先輩が築いてきたブランドがあっという間に地に落ちます。分かりますね。」自分はそこまでは考えていませんでしたが、その事は後で良く分かりました。

 2週間の机上研修を終え、今度はベテランの指導員と共に実際の営業車に乗って営業研修です。最初の1ヶ月は指導員の運転により、次の1ヶ月は自分が運転しての研修です。研修といっても実際にお客様があればお乗せします。そうして2ヶ月、指導員の最終試験でOKを貰い、いよいよ一人での営業です。その日は課長、係長、営業明けドライバー全員の見送りを受け、会社を出ました。

 研修中に走った場所を流していると、左前方にお客様らしき女性の姿がさっと手を上げられました。最初のお客様です。緊張しましたが教えていただいた通りの接遇に心がけ、無事目的地までお送りすることが出来、ほっとしました。その日は翌朝の6時まで帰社して車を清掃し、次のドライバーに引き継がなければなりません。最初ですので余裕を見て4時に帰り、洗車をして所定の場所に車を置き無事終了しました。会社に戻ると係長と指導員の方が心配して待っていてくれました。その日の売上げ、乗務の様子を報告すると初日としては上出来と喜んでくれました。

 その後、教えていただいたことを守り、タクシードライバーを続けました。その時に痛切に感じたのは研修時に言われた「看板を背負っている。」ということでした。お客様は数台のタクシーの中から、ほとんどと言っていいほど我社を選んでご乗車下さったのです。お陰様で大きな苦労をすることなくある程度の売り上げを確保でき、家族を養うことが出来たのです。

 「看板」、これはタクシー業界はもちろん、どんな業界にも通じるような気がします。例えばある会社、営業車の運転、外観が悪いと印象悪いですよね。そんな会社の商品を買いたいとは思いません。その意味では、他業種へ転職するに当たってはその会社がどんな看板を背負って、どう見られているかを見極めることが大切と感じました。

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