タクシードライバーのみなさんのクチコミ

個人商店の何らかわりません。そこに様々な人間模様が渦巻き喜怒哀楽をじかに感じれる刺激的な職業です!

 私は主婦からのスタートでした。といいますのも主人が仕事を転々とする中で生計を立てるためには致し方なかったのです。色々ありまして今はバスの運転手をしておりますが、今回は主婦からタクシ-の運転手を始めた時のことを少しお話させていただきます。

 先にも記しましたように主人の転職が続いたせいでひとまずは何かしないといけない事態になり、当時は色々アルバイト雑誌やインターネット等でアルバイトパートを探しておりましたがなかなか条件に合ったところが見つからず、悩んでいたところにタクシーの運転手という求人広告が近所のタクシー会社のガレージに貼ってあるのに目が行きました。元々運転が好きだったこともあったのですが、自分がタクシーの運転手だなんて正直考えられないと思ってましたし今まで想像もしたことのない世界でしたのでためらってはいたのですが、一刻を争う事態に背に腹は代えられず飛び込みました。

 最初は自分が思っていたよりも意外と敷居は低いものだなといった感覚を覚えました。というのも私の他にも女性ドライバーが何人かおられましたし、更に私の目を引いたのが二種免許の取得養成をしてもらえた点です。当時の私は運転免許は持っておりましたが二種免許は持っておりませんでしたので、個人的に取りに行きますといくらかかるかはかりしれなかったのです。

 最初は嘱託運転手扱いで、出勤したらまずは社訓唱和からはじまります。その後点呼をしてその日一日の目標を宣言した後、外でラジオ体操をして先輩社員の方々が出庫されるのを見送ってから自分たちの教習が始まりました。私の職場では二種免許は自社で教習し、免許センターに飛び込み受験する形でした。車持ち込みで練習した結果もあってか二回目で無事合格いたしました。これで晴れて二種ドライバーの仲間入りを果たせた喜びはひとしおだったのを今でも覚えております。しかし、ここからが本番です。

 私の勤務は家庭の事情もあり日勤と言われる時間帯で、午前8時から夕方の5時までの勤務でした。当然夜間の勤務もありその人の相方を務める朝から働いている方もおられる二人体制の働き方もありますが、私はその条件では無理でしたので常に空いてる車を使っての勤務となりました。最初のうちは先輩指導員の横乗りでお客様をお乗せするのですが、これがまた緊張の連続でたまりません。手が上がった瞬間「きた!やばい!」といった感じで正直ずっと手が上がらなければいいのに!と思ってしまうくらい緊張の連続でした。それはなぜかといいますと決定的な「地理不足」でした。

 私の住む大阪でタクシーの運転手になるためにはまず「地理試験」というものを受験して合格しなければなりません。これに合格して初めてタクシーの乗務に就けるのです。受験の前に授業がありそこでしっかりと試験に出る問題を教えてもらうのですが、その時は意外と理解できるのです。確かに試験も一回で合格して自信も持っていたのですが、お客様をお乗せすると一瞬で真っ白になってしまうのです。これには手を焼きました。指導員さんも横でイライラしていたとおもいますが最初は皆そうなるものらしいです。徐々にお客様をお乗せしていくうちに、最初ほどの緊張もしなくなり指導員さんからも一人乗りOKのサインをいただいていよいよ一人乗りのスタートになりました。

この仕事はサラリーマンと違って正味自分のやったぶんが給料に反映されます。さぼった人はそのさぼったぶんの給料になり、休み返上で働いて頑張った人はものすごく稼ぐこともできます。それを良しととるかダメととるかは個人でちがうとは思いますが、私としては自分には合っていたのではいかなと思います。休憩を取るのも自分の自由に取れます。またお客様がつながってなかなかトイレに行けないこともしばしばありましたが、それはありがたいトイレの我慢として記憶しています。

 私はタクシードライバーとして客から運転手側に替わったわけですが、経験することで初めて知ったこの業界のすべてが今の私形成しているといっても過言ではないと思います。全て自分の責任のもとで商売をする。完全個人主義の世界。やる気になればがっちり稼ぐこともできて一日の時間の使い方も自由であり辛いこともあれば楽しく過ごせるときもあり、いろんなお客様のお話をじかに聞くことができる。私は十分に魅力のある業界であると感じてなりません。もし今後また乗る機会があればぜひまた乗務してみたいと切に願っております。

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